証拠としての実験ノート・誰がいつまで保管する?

実験ノートを保管していなかったがゆえに捏造疑惑を晴らせず退職金ももらえない・・・そんな悲劇、我が身に起きないようにしたいですね。

某有名大学に所属していた元教授が在任中に書いた論文。このうちの数本は故意に捏造されたものだと判断した、と報道がありました。以下、新聞記事から一部引用します。

『調査で、M元教授から実験ノートなどの証拠は提出されなかった。実験の参加者リストとされる名簿をたどっても実際に参加した人は見つからなかった。(中略)研究室の資料や経費関係の書類などを検証した結果、4本の論文で記載された実験は行われておらず、故意の捏造と判断した。』(2021年10月15日 朝日新聞33面より引用)

定年退職前から疑惑が持ち上がっていたらしく、退職金の支払いが止まっているということも書いてありました。

真偽はともかくとして、実際に実験を行ったかどうかの証拠として求められるのは、この記事に書かれている通り第一に実験ノートです。実験ノートがなかったら信じてもらえなくて当然のように思えます。しかし、定年退職するときにラボにおいてきたものが捨てられてしまった、ということも可能性としては考えられます。もし捨てられてしまった(あるいは退職時の後片付けで間違って捨てた)ということだったら、まさに悲劇です。

実験ノートの保管体制は信頼できる?

最近は、研究に関する資料・データ・実験ノートは組織に帰属する、という考え方が主流だと思いますが、組織で保管ルールが定まっていないとか、信頼できる保管の仕組みがない場合、所属を変わるときや退職するときに安心して置いていけないこともあります。特に大学は、ラボでもうすぐ教授が定年になるとわかっている場合、研究室自体がなくなったり、研究が途絶えてよそから来た教授が違うテーマで研究したり(しなかったり)する。ノートを置いていっても、置く場所がなくなったら捨てられそう。そう考えると、自分のノートやデータは誰に託したらいいのか、ということになってしまいます。(私自身は、大学のラボから国立の研究機関に転職する際、実験ノートを電子化してラボの共有パソコンに保存し、バックアップは上司に渡しました。幸い、実験を引き継ぐ大学院生が信頼できる人だったので電子ファイルのありかや、物品の保存場所をリストにして説明し、安心して離れることができました。)

組織から退職・異動・転職した後で捏造疑惑をかけられたとき、もし手元に実験ノートが残っていなかったらどうなるのか。

共同研究者や共著者がいるなら、証明の手立てはあるでしょう。また、研究材料を購入した時の記録は、販売している会社の方には残っているかもしれません。実際に実験をしたのならノートをなくしてしまっても何かしら証拠は残るはずです。特に臨床試験の場合、何も見つからないというのはあり得ません。ただ、そうした証拠はあまり強力とは言えないでしょう。

自分でできること・組織でできることは

今回の件から考えられる、不正の疑いをかけられないようにするために個人でできることは以下の3つです。

1. 自分で実験の記録をノートに書く(また同じ実験をして、結果の再現性を確認できるくらいに)。

2. 一人で実験しない(誰かに相談したり、共同研究者と一緒にやる。または実験補助してくれる人を雇い、記録の取り方を教える)

3. 組織のデータ・ノート管理体制が信頼できない場合はバックアップやコピーをとる


組織としてできることは以下の5つ。

1. 所属員に対し、実験ノートに関する教育をする(目的、何を書くべきか、実験データとノートの紐付け方法)

2. 実験ノート保管のルールを決める

3. 実験ノートの保管場所を確保する

4. 実験ノートを支給する(教育受講とセットで)

5. データ登録システムを作る

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今回報道されたケースは単著の論文であり、実験ノートの提出がなく、実験に必要な倫理委員会の承認を得ていなかったこと、また経費関係の書類などを検証した結果、捏造と判断した、と書かれています。故意の捏造ではなかったと信じたいところですが証拠がない。本人がわざわざ証拠を消すはずもないので、想像で書かれたとしか言えないようです。こうした事件が繰り返されると当事者個人の論文や著作物の信頼が失われるだけでは済まない。まともに実験している大多数の研究者までも疑われてしまいます。とても残念なことです。

自分の身を守り、また後に続く人のためにも、実験ノートを大事にしましょう。
組織で決まりがないときは、余計に自分で気をつける必要があります。経験が浅い・あるいはちゃんと指導されていない人もいます。指導的立場の方は、研究者として疑いから身を守る術を伝えてあげて欲しいと思います。


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